Tiny Garden の楽々人生

谷川和久が綴る 時系列を全く無視した 雑記(not 日記)の倉庫

のどうたいのマーチ

僕は、自分でうたを作って、自分で唄う人間だ。

そう云う人間によくありがちなコトだが、
オリジナル至上主義みたいなトコがある。

オリジナルの楽曲を唄う人間、と、
他人の楽曲を唄う人間、と、だと、
ついつい、ほぼほぼ無条件に、
後者をコバカにしがちであるのだ。

それでいて、
僕のような中途半端なバカモノは、
自分のコトを顧りみた時に、
「いや、オレはボーカリストちゃうから」、
と、歌唱の下手さを云い訳し、
「いや、ギタリストちゃうし」、
と、ギターの下手さを云い訳し、
「せやから楽曲を聴いて下さい」、
と、云えども、そっちも所詮はアマチュア、
と、なんじゃ、そりゃ状態である。

下手でも、気持ちがあれば、ちゃんと伝わる、
なんてのは、まぁ、確かにあるではあろうが、
概ねは、甘えた幻想だ、と、僕は考える。
ある程度の音程やリズムは礼儀だ。
僕はそう思う。

まぁ、アマチュアは、それでもよしとしよう。
(ホントはよくないかも知れないけど)

プロフェッショナルの、
それを生業としている、
「シンガーソングライター」さんの中に、
いい年をして、ソコによりかかっているのか、
声や体のメンテナンスをせずに、
どんどん声が出なくなっているヒトを、
少なくなくお見掛けする。

それに比べると、
他人の楽曲を唄うコトを生業としている、
プロの「シンガー」さんは、
概ね、実に、見事に、
その商売道具を大事にして、
維持していらっしゃるように思う。

そして、年齢を重ねた分、
ちゃんと、その楽曲を体現する、
理解力・表現力が豊かになっている。

プロフェッショナル、
ってーのは、カッチョいい。

まぁ、それでも、
ついつい、うっかり、相変わらず、
オリジナル至上主義、
には、縛られてしまいがちなんだけど。